PROFILE

雑誌特集

1997年 この年より「富士山撮影講座」の連載で富士山ブームを起こす。
1998年 「致知」「婦人画報」「プレジデント」「保存版 日本の美 富士」「いい旅見つけた じゃらん」「いきいき」に特集。
2001年 北欧最大手新聞「Dagens Nyheter」紙の朝刊全2ページで特集。
2001年 日本ウォーキング協会「あるけあるけ」表紙に定期掲載。
2003年 マヤ暦「コズミック・ダイアリー」と合体。富士山と月の暦が反響を呼び、年が明けてもロングセラーが続いた。
2004年 4月 月間フナイ・メディアで定期連載開催。
2004年 8月 ときめきの富士カレンダー2005をAPJより発売。早期完売。
2004年11月 写真集+4ヶ国語対応DVDをセットにした写真集「ときめきの富士DVDブック」(3,990円)を発売。ロングセラーに。
2005年 3月 NPO「富士山を世界遺産にする国民会議(会長:中曽根康弘 元内閣総理大臣)」特別アドバイザーに就任。世界文化遺産申請のための資料として、ときめきの富士を提供。国際会議をはじめ、国内外でアピールに寄与する。
2005年 3月 徳間書店刊「前世と生まれ変わりの超真相…コシノケンイチ」の表紙カバーに「現変化」の写真を映し鏡のようなデザインで掲載。
2005年 7月 ザ・ビジネスサポートに特集。
2005年 8月 ときめきの富士カレンダー2006をAPJより発売。早期完売。再び日本一売れた富士山のカレンダーに。
2005年10月 DVDブック「幸せを開く7つのチャクラ」発売。以後増刷を重ねる。
2005年11月 フォーブス日本版に特集。
2005年12月 政府の1,000万人来日促進キャンペーン「YOKOSO JAPAN」のキャンペーン誌「にっぽにあ第35」に特集。14ヶ国語に翻訳されて在外公館に配置。日本観光の顔となる。
2006年 3月 PHP研究所刊「富士山が世界遺産になる日…小田全宏」の表紙カバーに「いのち無限」の写真を掲載。
2006年 3月 フジサンケイビジネスアイで特集。
2006年10月 今回からより多くの方のご要望にダイレクトに応えるために、ときめきの富士カレンダー2007を自主制作・販売に切り替える。富士山の輝きを直にお客様に届け、大好評を博した。三年連続で日本一売れた富士山のカレンダーに。
2006年11月 健康雑誌「壮快」で幸運の富士山として特集。

展覧会

1996年 銀座 富士フォトサロン
1997年 福井新聞社帰郷展
1999年 電通恒産画廊 2000年:沖縄三越百貨店・藤沢小田急百貨店
2001年 京都初の富士山展
2004年 3月 平成15年文部科学大臣賞受賞を記念し、東京国立博物館の応挙館と九条館で「和心満載の展覧会」を開催
2004年11月 ときめきの富士大九州展 博多/西日本新聞社国際ホール

受賞

2000年 マスターズ大東京展最優秀作品賞/最優秀作家賞受賞
2001年 マスターズ大東京展最優秀作品賞/最優秀作家賞受賞
2001年 アテネ市文化局より世界芸術大賞受賞。マイスター認定
2003年 USアカデミーより学士院会員認定
2004年 第35回新院展で「天空に舞う」で文部科学大臣賞受賞

LIVEときめきの富士

2001年 7月 7日 京都西陣北座 演奏/シンセサイザーの矢吹紫帆
2002年 2月22日 JTアフィニスホール 富士山の日前夜祭。演奏/和太鼓、尺八
2003年 9月14日 河口湖ステラシアター。JT富士五湖主催 シンセ/矢吹紫帆
2004年 5月15日 原宿Blue Jay Way ピアノ/藤原いくろう
2004年 6月16日 虎ノ門パストラル 尺八/岳人山
2004年 6月19日 明治記念館 「今こそ富士山を世界遺産に」。尺八/岳人山
2004年11月 3日 福岡国際ホール シンセ/矢吹紫帆
2006年12月23日 京都アバンティホール シンセ/矢吹紫帆 歌/ミネハハ

放送

TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」
NHK「ふれあいラジオパーティ」
ニッポン放送「上ちゃんのサプライズ」 crossFM
YBS「1億人の富士山」で1時間ドキュメンタリー
NHK静岡 「」 NHK名古屋「」 福岡コミュニティ放送「夢大陸」
フジTV「ベストハウス1.2.3!」

紹介

写真家 ロッキー田中

9月6日生まれ 福井県出身

カメラを持って立つロッキー田中雄大かつ繊細な描写には時の流れも写り、現代の北斎とも称される富士山の写真家。富士山を世界文化遺産にする活動や、Yokoso Japan キャンペーンでも特集されて日本観光の顔になるなど、活躍の場が世界に広がっている。平成15年に「天空に舞う」で文部科学大臣賞。作品は幸運を呼ぶ富士山として知られる。

東京都品川区に「ときめきの富士アートサロン」を開設。心豊かな人々が集う、現代富士山名所となっている。
富士山の呼ぶ声を聞き、生涯に99作の誰も見たことのない「ときめきの富士」を世に出し歴史に残す事に夢を託す。

幻想、叙情に溢れた独特の情景描写は「プレジデント」「婦人画報」「致知」「日本の美 富士」に特集され、現代に蘇った北斎と言われている。
ときめきの富士映像ライブは97年から50回以上全国で開催され心豊かな人々に支持されてきた。

2005年 3月
NPO富士山を世界遺産にする国民会議(会長:中曽根康弘 元内閣総理大臣)特別アドバイザーに就任。
世界文化遺産申請の為の資料として「ときめきの富士」を提供。
国際会議を始め国内外でアピールに寄与した。